さてと。と石峰優璃は両手を天井に向かって大きく伸ばす。
久しぶりの用事がない休日だ。
こういう日は何をするにも時間を持て余すな。
石峰はキッチンへと向かい、湯を沸かす。
赤いポットから湯気が立つのを待ちながら、フライパンでトーストを焼く。
あとはトマトでも食べれば良いだろう
そんな事を考えた。
そういえば自分は食事の重要性を語っておきながら、随分と無頓着だなと思える。インスタントコーヒーばかりで新人にも心配される程だ。
まったく。と石峰は腕を組む。だからと言って料理ができる訳ではない。
する気も無いし、必要な栄養さえ取れればそれで良い。そう思う。
ただ、新人とともに進藤の店に行った時、随分と酒が美味く感じた。
もちろん嫌いでは無いが、そう拘って呑んだ事はなかった。
随分とらしくも無い話をしてしまったな。
僅かに石峰は笑みを浮かべる。そして最近は笑う機会も増えたな。とも思う。
それはきっと新人君が、自分の所に来だした頃からだろうとも思う。
あの表情が豊かな仏頂面の、不器用なのに分かり易い性格は見ていて確かに楽しいと思う。
時々自分の感情が本当に分からなくなる。
今の気持ちが何も演じていないとは言えない。
ずっと一人で生きてきたからなのだろう。他人の気持ちは全てが観察の結果であるし、自分が感じたものではない。
他人に対して感想を持つ事もなかったように思える。
自分の喜怒哀楽さえ分からなくなり混乱する事もある。
それに言葉にできない感情はあまり感じた事はない。
自分の思考過程も何もかも言語か出来るから、それは思考過程の結果であって決して感情なんてものでは無いのだろう。
時折、自分は本当に生きているのか。命を救う現場でそう感じる事がある。本当にバカらしい話なのだけど。
だけども時折なぜ、自分がこんなにも新人と話しているのだろうと疑問に思う事もある。
もちろん後続指導が必要な事は知っている。だけどもそれとは何だか違うような気がする。
ふぅむと腕を組んだ時、ちょうどポットの蓋がカタカタ揺れて、慌てて火を止める。
これも獲得免疫のようなものなのかね。
石峰はトーストを齧りながらそう思う。これもまた日記に書いておこうか、何気ない日常もまた偶には良いかもしれない。
随分とこのトーストは味がするものだな。
と石峰優璃は無機質なキッチンで独りそう考えた。
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』
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